交通事故の過失割合は、単なる「ぶつかった事実」だけで決まりません。
とりわけ相手が高齢歩行者である場合、過失は“修正”される傾向があります。
なぜか。
答えは、法が高齢者を「特に保護すべき交通弱者」と位置づけているからです。
道路交通法は明示的に高齢者を特別扱いする条文をいくつも持っています。たとえば第38条では横断歩道の歩行者保護を定めていますが、その前提思想は「歩行者優先」。そして判例実務では、高齢者は“予測可能性が低い存在”として評価されることが多いのです。
高齢者は身体機能や判断能力が低下している可能性があります。急な進路変更、立ち止まり、ふらつき。これらは「例外的な行動」ではなく、「起こり得る前提」として扱われます。
つまり、
「想定外だった」は通用しにくい。
さらに、多くの自治体条例は次のように規定しています。
「自動車等の運転者は、高齢者及び障害者の安全な通行を確保するため、特に注意しなければならない。」
「高齢者の通行を認めたときは、その動静に十分注意し、危険を避けるため必要な措置を講じなければならない。」
これらの条例は刑罰規定そのものではない場合もありますが、事故時の過失判断において重要な意味を持ちます。裁判所は、「社会通念上要求される注意義務」の水準を判断する際に、条例や通達の趣旨を参照します。
ここがポイントです。
過失割合は、単なる数学ではありません。
“期待される注意水準”の問題です。
たとえば、横断歩道付近で高齢者が立っていた。
ドライバーが減速せず接近した。
高齢者がゆっくりと横断を開始した。
この場合、たとえ形式的に横断開始が遅れたとしても、「より慎重に観察すべきだった」として運転者側の過失が加重されることがあります。
自転車事故でも同様です。歩道や生活道路で高齢者と衝突した場合、「徐行義務違反」や「安全確認不足」が重く評価されやすい。高齢者がふらついたとしても、「それを予測すべき存在」とされるからです。
法は、人間の能力が均一ではないことを前提に設計されています。
高齢者は“弱いから守られる”のではありません。
“事故の結果が重大化しやすいから守られる”のです。
判例の傾向を見ても、高齢歩行者が関与する事故では、通常よりも数%から場合によっては二割程度、運転者側に不利な修正が加えられることがあります。
交通法規は冷たい計算式のように見えて、実はかなり人間的です。
身体的弱者を守る方向へ、静かにバイアスがかかっている。
それを知らずに運転するのは、重力の存在を知らずに崖を歩くようなものです。
法律は見えませんが、確実に働いています。
高齢者を見かけたとき、
そこには「通常より高い注意義務」が発生している。
それが、過失が修正される本質的な理由です。