「黒い服だったから見えなかった」。夜間事故でよく聞く言葉です。しかし、法律の世界ではその言い訳はほとんど通用しません。なぜなら、見えたかどうかではなく、「見えるはずだったかどうか」が判断基準になるからです。
道路交通法第70条は、車両の運転者に対し「道路、交通及び当該車両等の状況に応じ、他人に危害を及ぼさないような速度と方法で運転しなければならない」と定めています。これは安全運転義務と呼ばれます。つまり、視認しづらい状況であれば、それに応じた運転をしなければならないということです。
さらに道路交通法第38条は、横断歩道における歩行者優先を明確に定めています。夜間であっても、歩行者が横断しようとしている場合には停止義務が発生します。ここで重要なのは、「実際に認識したか」ではなく、「認識可能な状況だったか」が問題になる点です。
裁判実務では「予見可能性」と「結果回避可能性」が重視されます。予見可能性とは、危険を予測できたかどうか。結果回避可能性とは、適切な運転をしていれば事故を防げたかどうかです。街灯のある交差点、対向車のライトで歩行者がシルエットとして浮かぶ状況、ブレーキを踏めば停止できた距離。こうした要素が揃えば、たとえ黒い服であっても「見えているべき存在」と評価されます。
物理的にも、完全に見えないという状況は限定的です。人の視覚は、色よりも動きやコントラストに敏感です。横断動作そのものが強い視覚刺激になります。にもかかわらず認識できなかった場合、「前方注視義務違反」と判断される可能性が高くなります。
また、道路交通法第52条は夜間の灯火義務を定めています。ヘッドライトは「自車の存在を知らせる」だけでなく、「前方を確認する」ためのものです。ロービームでの照射距離内に歩行者がいた場合、停止できる速度で走行していなければ安全運転義務違反に問われます。
つまり法律は、「見えにくいから仕方ない」とは考えません。むしろ「見えにくい状況だからこそ慎重に」という思想で設計されています。黒い服は確かに視認性を下げます。しかし、それは歩行者の違法性を直ちに意味するものではありません。ドライバー側に高度な注意義務が課されている以上、「見えていなかった」は「注意していなかった」と評価されやすいのです。
夜間運転で本当に問われるのは視力ではなく、予測力です。交差点、横断歩道付近、住宅街、コンビニ前。そこに「いるかもしれない」と考えてアクセルを緩めた瞬間、法律上も現実上も事故は回避可能になります。闇は免罪符ではありません。闇の中でこそ、運転者の責任ははっきりと浮かび上がるのです。